tafsirjp - 79. 引き離すもの章 (アン・ナーズィアート) タフスィール イブン カスィール تفسير سورة النازعات

 マッカで啓示された

 

[بِسْمِ اللَّهِ الرَّحْمَـنِ الرَّحِيمِ ]

[وَالنَّـزِعَـتِ غَرْقاً - وَالنَّـشِطَـتِ نَشْطاً - وَالسَّـبِحَـتِ سَبْحاً - فَالسَّـبِقَـتِ سَبْقاً - فَالْمُدَبِّرَتِ أَمْراً - يَوْمَ تَرْجُفُ الرَّاجِفَةُ - تَتْبَعُهَا الرَّادِفَةُ - قُلُوبٌ يَوْمَئِذٍ وَاجِفَةٌ - أَبْصَـرُهَا خَـشِعَةٌ - يَقُولُونَ أَءِنَّا لَمَرْدُودُونَ فِى الْحَـفِرَةِ - أَءِذَا كُنَّا عِظَـماً نَّخِرَةً - قَالُواْ تِلْكَ إِذاً كَرَّةٌ خَـسِرَةٌ - فَإِنَّمَا هِىَ زَجْرَةٌ وَحِدَةٌ - فَإِذَا هُم بِالسَّاهِرَةِ ]

 (1. 荒々しく(罪深い者の魂を)引き離すものにおいて(誓う),) (2. 優しく(信仰深い者の魂を)引き出すものにおいて,) (3. 泳ぐように(慈悲の使いに)滑走するものにおいて,) (4. 先を争って前進するものにおいて,) (5. (主の命令で)事を処理するものにおいて(誓う)。) (6. その日(第一のラッパで),震動が(凡てのものを)揺がし,) (7. 次のラッパ(で震動)が,続く。) (8. (不信者の)心は,その日戦き震え,) (9. 目を伏せるであろう。) (10. かれらは言う。「わたしたちは初め(生前)の状態に,本当に返るのでしょうか。) (11. 何と,わたしたちは朽ち果てた骨になってしまったのに。」) (12. かれらは言う。「その場合(復活),損な戻りです。」) (13. (復活は),只一声の叫びである。) (14. 見よ,かれらは目覚めて(地上に)現われる。)

 審判の日が起こることを五つの特徴によって誓うこと

 イブン マスウード、イブン アッバース、マスルーク、サイード ビン ジュバイル、アブ サーリフ、アブ アッドゥハ、アッスッディのみなが言うには、

[وَالنَّـزِعَـتِ غَرْقاً ]

 ( 溺れさせながら取り除くものにおいて )  「これはアーダムの子から魂を取り去る天使たちのことである。」 天使たちが取ろうとしてもなかなか取れない魂があり、魂が除去される間まるで溺れているようである。

 一方、きびきびと、まるで (彼の魂を彼から) 解きほぐしているかのように、たやすく取れる魂がある。 これが、次のアッラーの御言葉の意味である。

[وَالنَّـشِطَـتِ نَشْطاً ]

 ( きびきびと解き放つものにおいて,)  これはイブン アッバースが述べたことである。

 次のアッラーの御言葉について、

[وَالسَّـبِحَـتِ سَبْحاً ]

 ( 泳ぐように滑走するものにおいて)  イブン マスウード は言った、「彼らは天使である。」 同様の事がアリ、ムジャーヒド、サイード ビン ジュバイル、アブ サーリフに報告されている。

 アッラーの御言葉、

[فَالسَّـبِقَـتِ سَبْقاً ]

 (先を争って前進するものにおいて,)  アリ、マスルーク、ムジャーヒド、アブ サーリフ、アル・ハサン アル・バスリ らは、これは天使のことであると述べている。

 そしてアッラーは仰せられている、

[فَالْمُدَبِّرَتِ أَمْراً ]

 ((主の命令で)事を処理するものにおいて(誓う)。)  アリ、ムジャーヒド、アタ、アブ サーリフ、アル・ハサン、カターダ、アッラビーゥ ビン アナス、アッスッディ らは、「それは天使である。」 と言い、アル・ハサン は付け加えて、「彼らは、至高の権威をお持ちの主の命令に従い、事を天から地へと統制している。」

 

  審判の日と人々と彼らが言うことの描写

 それからアッラーは仰せられる、

[يَوْمَ تَرْجُفُ الرَّاجِفَةُ - تَتْبَعُهَا الرَّادِفَةُ ]

 (その日 ラージファ が揺がし,- 次の ラーディファ が続く。)  イブン アッバース は言った、「二度 (らっぱが) 吹かれることである。 -- 第一のらっぱと第二のらっぱである。」 ムジャーヒド、アル・ハサン、カターダ、アッダッハーク 、そのほか何人かが同様の事を述べている。

 ムジャーヒドによると、彼はこう言った、「一度目のは、 アッラーの御言葉のこちらがそうであるが、

[يَوْمَ تَرْجُفُ الرَّاجِفَةُ ]

 (その日 ラージファ が揺がし,) これは次のアッラーの御言葉と同様のことである、

[يَوْمَ تَرْجُفُ الاٌّرْضُ وَالْجِبَالُ]

 (その日,大地と山々は震動し,) (73:14)

 二度目は、アッラーディファ であるが、次のアッラーの御言葉と同様のものである、

[وَحُمِلَتِ الاٌّرْضُ وَالْجِبَالُ فَدُكَّتَا دَكَّةً وَحِدَةً ]

 (大地や山々は持ち上げられ,一撃で粉々に砕かれ,) (69:14) 」 と。

 

 次のアッラーの御言葉について、

[قُلُوبٌ يَوْمَئِذٍ وَاجِفَةٌ ]

 (心は,その日震え,)  イブン アッバース は 「これは心配で、ということである。」 と言った。 ムジャーヒド と カターダ もそう言った。

 

[أَبْصَـرُهَا خَـشِعَةٌ ]

 (目は屈辱的である。)  人々の目のことである。 伏し目になり、目撃する恐怖のことから屈辱を感じることを意味している。

 それからアッラーは仰せられる、

[يَقُولُونَ أَءِنَّا لَمَرْدُودُونَ فِى الْحَـفِرَةِ ]

 (かれらは言う。「わたしたちは本当に アル・ハーフィラ から戻されるでしょうか。」 (日本ムスリム協会訳:初め(生前)の状態に,本当に返るのでしょうか。) )  クライシュ族の偶像崇拝者たち、また来世を拒否した者たちが言ったように。彼らは アル・ハーフィラ  -- それは墓である -- に置かれた後の復活の出来事を、無理なこととみなしている。ムジャーヒド がこのように述べた。彼らは、肉体が滅び骨が朽ちて風化した後にそれが起きるのは不可能であると感じている。

 そして、アッラーは仰せられる、

[أَءِذَا كُنَّا عِظَـماً نَّخِرَةً ]

 (何と,わたしたちはナヒラ骨になってしまったのに。」)  ナヒラ は、ナーヒラとも読まれる (نَاخِرَةً)。 イブン アッバース、ムジャーヒド、カターダ らは 「朽ちた、という意味である」 と言った。 イブン アッバース は、「それは、朽ち果てて空気が通り抜けるようになった後の骨である。」

 彼らが言う

[تِلْكَ إِذاً كَرَّةٌ خَـسِرَةٌ]

 (「その場合(復活),損な戻りです。」) (79:12)  について、ムハンマド ビン カアブ は、クライシュ族がこのように言ったと述べている、「もし死んだ後にアッラーが私たちを蘇らせるなら、その時は確実に私たちが敗者となるだろう。」

 アッラーはそれから仰せられている、

[فَإِنَّمَا هِىَ زَجْرَةٌ وَحِدَةٌ - فَإِذَا هُم بِالسَّاهِرَةِ ]

 (只一つのザジュラである。- 見よ,かれらはアッサーヒラである。)  これはアッラーからの事で、二度は起きず、確約したり検証したりする機会もない、という意味である。それらの人々は立ち、見ている。それはアッラーが天使 イスラーフィール に アッスール を吹くように命じる時のことである。アッスール は復活に際して吹かれるものである。その時、始めの人々と最後の人々みなが、主の御前に立っている。

   أي: فإنما هو أمر من الله لا مثنوية فيه ولا تأكيد، فإذا الناس قيام ينظرون، وهو أن يأمر تعالى إسرافيلَ فينفخ في الصور نفخَة البعث، فإذا الأولون

 

 これは、アッラーが次のように仰せられたことと同様のことである、

[يَوْمَ يَدْعُوكُمْ فَتَسْتَجِيبُونَ بِحَمْدِهِ وَتَظُنُّونَ إِن لَّبِثْتُمْ إِلاَّ قَلِيلاً ]

 (その日かれは,あなたがたを呼び出される。その時あなたがたは答え,かれを讃える。またあなたがたが(墓の中に)留まったのは,片時に過ぎないと思うであろう。」) (17:52)

 アッラーはまた仰せられた、

[وَمَآ أَمْرُنَآ إِلاَّ وَحِدَةٌ كَلَمْحٍ بِالْبَصَرِ ]

 (またわが命令は只一言,瞬のようなものである。) (54:50)

 アッラーはまた仰せられた、

[وَمَآ أَمْرُ السَّاعَةِ إِلاَّ كَلَمْحِ الْبَصَرِ أَوْ هُوَ أَقْرَبُ]

 ((審判の)時の決定は、瞬き一つのようなもの。またはそれよりもっと短い(であろう)。) (16:77)

 

 アッラーはそれから仰せられた、

[فَإِذَا هُم بِالسَّاهِرَةِ ]

 (見よ,かれらはアッサーヒラである。)  イブン アッバース は言った、「アッサーヒラ とは、地上全体という意味である。」 サイード ビン ジュバイル、カターダ、アブ サーリフ らもそのように言った。イクリマ、アル・ハサン、アッダッハーク、イブン ザイド らは、「アッサーヒラ は地上の顔を意味する。」 と言った。 ムジャーヒドは、「それらは (地上の)もっとも低いところにあって、もっとも高いところにもたらされる。」 と言い、「アッサーヒラ は平らな場所である。」 と言った。 アッラービゥ ビン アナス は言った、

[فَإِذَا هُم بِالسَّاهِرَةِ ]

  (見よ,かれらはアッサーヒラである。) 

 アッラーは仰せられている、

[يَوْمَ تُبَدَّلُ الاٌّرْضُ غَيْرَ الاٌّرْضِ وَالسَّمَـوَتُ وَبَرَزُواْ للَّهِ الْوَاحِدِ الْقَهَّارِ ]

 (大地が大地ではないものに変えられ,諸天も変えられる日,(人びとは一斉に)唯一の方,全知,全能の御方,アッラー(の御前)に罷り出るであろう。) (14:48)

 そして、かれは仰せられる、

[وَيَسْـَلُونَكَ عَنِ الْجِبَالِ فَقُلْ يَنسِفُهَا رَبِّى نَسْفاً - فَيَذَرُهَا قَاعاً صَفْصَفاً - لاَّ تَرَى فِيهَا عِوَجاً وَلا أَمْتاً ]

 (かれらは山に就いて,あなたに問うであろう。そこで言ってやるがいい。「わたしの主は,それを粉々にして捲き散らされる。 - かれは,それを平らな平地になされ,- そこには,曲りも凹凸も見ないでしょう。」) (20:105-107)

 そして、かれは仰せられる、

[" وَيَوْمَ نُسَيِّرُ الْجِبَالَ وَتَرَى الاٌّرْضَ بَارِزَةً]

 (われが山々を移させるその日,あなたがたは大地が平らになるのを見るであろう。) (18:47)  そして大地は生まれ、そこには山々があるが、この (現世の) 大地とはみなされない。それはいかなる罪も犯されず、一滴の血も流されない地になる。」

 

 

[هَلْ أَتَاكَ حَدِيثُ مُوسَى - إِذْ نَادَاهُ رَبُّهُ بِالْوَادِ الْمُقَدَّسِ طُوًى اذْهَبْ إِلَى فِرْعَوْنَ إِنَّهُ طَغَى فَقُلْ هَل لَّكَ إِلَى أَن تَزَكَّى وَأَهْدِيَكَ إِلَى رَبِّكَ فَتَخْشَى فَأَرَاهُ الاٌّيَةَ الْكُبْرَى فَكَذَّبَ وَعَصَى ثُمَّ أَدْبَرَ يَسْعَى فَحَشَرَ فَنَادَى فَقَالَ أَنَاْ رَبُّكُمُ الاٌّعْلَى فَأَخَذَهُ اللَّهُ نَكَالَ الاٌّخِرَةِ وَالاٍّوْلَى إِنَّ فِى ذَلِكَ لَعِبْرَةً لِّمَن يَخْشَى ]

 (15. ムーサーの物語が,あなたに届いたか。) (16. 主がトワーの聖谷に,かれを呼ばれた時を思い起せ。) (17. (かれは仰せられた。)「あなたはフィルアウンの許に行け。本当にかれは目にあまる者である。) (18. そしてかれに言ってやるがいい。『あなたは(罪から)清められたいのか。) (19. わたしはあなたを,主の御許に導く。あなたは(かれを)畏れなさい。』」) (20. (ムーサーは)偉大な印をかれに示した。) (21. だがかれ(フィルアウン)はそれを嘘であるとし,(導きに)従わなかった。) (22. 背を向けて急いで去った。) (23. かれ(フィルアウン)は,(その民を)集め宣言して,) (24. 言った。「わたしはあなたがたの主,至高者である。」) (25. そこでアッラーはかれを懲しめ,来世と現世の生活に懲罰を加えられた。) (26. 本当にこの中には(主を)畏れる者への一つの教訓がある。)

 

 ムーサーの物語についての言及、それがアッラーを畏れる者への訓戒であること

 アッラーは使徒 ムハンマド {saw}  に 使徒 ムーサー について教えられた。かれは ムーサー を フィルアウン に遣わし、かれに奇跡を授けたと述べられた。しかしこれでもフィルアウンは信じないままで、罪を犯し続けたので、アッラーは彼を捕らえて強大、強力な罰を与えられた。あなた (ムハンマド ) に反抗し、あなたが齎したものを拒否する者は誰でもこのように罰する。それで、アッラーはこの話の最後にこのように仰せられているのである、

[إِنَّ فِى ذَلِكَ لَعِبْرَةً لِّمَن يَخْشَى ]

 ( 本当にこの中には(主を)畏れる者への一つの教訓がある。)

 アッラーはこう言って始められる、

[هَلْ أَتَاكَ حَدِيثُ مُوسَى ]

 ( ムーサーの物語が,あなたに届いたか。)  この話を聞いたことがあるか、ということである。

[إِذْ نَادَاهُ رَبُّهُ]

 ( 主がかれを呼ばれた時 )   アッラーはムーサー呼び、話された。

[بِالْوَادِ الْمُقَدَّسِ]

  (聖谷に)   清められた、という意味。

[طُوًى]

 (トワーの) 正確なことによると、それはターハー章でもあったように、谷の名前である。 

 そして、アッラーはムーサーに仰せられた、

[اذْهَبْ إِلَى فِرْعَوْنَ إِنَّهُ طَغَى ]

 ( 「あなたはフィルアウンの許に行け。本当にかれは目にあまる者である。)  彼は高慢で、反逆的、横柄になった、という意味である。

[فَقُلْ هَل لَّكَ إِلَى أَن تَزَكَّى ]

 ( そしてかれに言ってやるがいい。『あなたは清められたいのか。)  彼に 「あなたを清める道に応えるか」 と言いなさい、つまり、「あなたは帰依し(イスラームを受け入れ)従うか」 ということである。

[وَأَهْدِيَكَ إِلَى رَبِّكَ]

 ( わたしはあなたを,主の御許に導く。)  「私はあなたを主を崇拝することへ導こう。」 という意味である。

[فَتَخْشَى]

 (あなたは(かれを)畏れなさい。』」) 「そうすればあなたの心はアッラーに謙虚に、従順になる。今は邪悪で、善からはほど遠いが。」 という意味である。

[فَأَرَاهُ الاٌّيَةَ الْكُبْرَى ]

 ( かれ彼は偉大な印をかれに示した。)  これは、ムーサーが -- 真理への呼びかけと共に -- アッラーからの真理の確かな証拠、明らかな印を彼に見せたということである。

 

[فَكَذَّبَ وَعَصَى ]

 ( だがかれは拒否し,従わなかった。)   は、彼 (フィルアウン) が真理を拒否し、ムーサーが服従してするようにと命じたことを拒絶したということである。 それで何が起きたかというと、彼の心は信じず、ムーサー(の呼びかけ)は内面的にも外面的にも影響を及ぼさなかった。ムーサーが齎したものは真理であると知っても、彼は信徒となることを考えなかった。これは、認識することは心が知ることで、信仰するということは行動することであるためである。そしてそれ(信仰すること)は真理に応じ、従うことである。

 次のアッラーの御言葉は、

 

[ثُمَّ أَدْبَرَ يَسْعَى ]

 ( 競う態度を表して背を向けた。 (日本ムスリム協会訳:背を向けて急いで去った。) )  真理に対して虚偽で応答し、ということである。 これは、ムーサーが携えた壮観な奇跡に対決させるために魔術使いの一団を集めることによりなされた。

[فَحَشَرَ فَنَادَى ]

 ( かれ(フィルアウン)は,(その民を)集め宣言して,)   彼の民、である。

[فَقَالَ أَنَاْ رَبُّكُمُ الاٌّعْلَى ]

 ( 言った。「わたしはあなたがたの主,至高者である。」)  イブン アッバース と ムジャーヒド は言った、「これは、フィルアウンが過去四十年間次のように言っていた後の言葉である 

[مَا عَلِمْتُ لَكُمْ مِّنْ إِلَـهٍ غَيْرِى]

 (「わたし以外に,あなたがたに神がある筈がない。」) (28:38) 」

 それからアッラーは仰せられた、

[فَأَخَذَهُ اللَّهُ نَكَالَ الاٌّخِرَةِ وَالاٍّوْلَى ]

 ( そこでアッラーはかれを懲しめ,来世と現世の生活に懲罰を加えられた。So Allah seized him with punishing example for the Hereafter and the first (life).)  アッラーは彼にあだを討ち、厳しい復讐をした。そして、アッラーは彼のことを、世界中の彼のような反抗的な人々に対する見せしめ、訓戒とした、ということである。

 

[وَيَوْمَ الْقِيَـمَةِ بِئْسَ الرِّفْدُ الْمَرْفُودُ]

 (復活の日にも、何と恐しい賜物であることよ。) (11:99)

 これはアッラーが次のように仰せられたことと同様のことである、

[وَجَعَلْنَـهُمْ أَئِمَّةً يَدْعُونَ إِلَى النَّارِ وَيَوْمَ الْقِيـمَةِ لاَ يُنصَرُونَ ]

 (われは、かれらを(人びとを)火獄に誘う先導者とした。復活の日には、かれらは助けられることはない。) (28:41)

 アッラーは仰せられた、

[إِنَّ فِى ذَلِكَ لَعِبْرَةً لِّمَن يَخْشَى ]

 (本当にこの中には畏れる者への一つの教訓がある。)

 

 

[أَءَنتُمْ أَشَدُّ خَلْقاً أَمِ السَّمَآءُ بَنَـهَا - رَفَعَ سَمْكَهَا فَسَوَّاهَا - وَأَغْطَشَ لَيْلَهَا وَأَخْرَجَ ضُحَـهَا - وَالاٌّرْضَ بَعْدَ ذَلِكَ دَحَـهَا - أَخْرَجَ مِنْهَا مَآءَهَا وَمَرْعَـهَا - وَالْجِبَالَ أَرْسَـهَا - مَتَـعاً لَّكُمْ وَلاًّنْعَـمِكُمْ ]

 (27. あなたがたは(かれが)うち建てられた天(の創造)が,あなたがたを創ることより難しいとでも思うのか。) (28. れはそれを高く掲げ,それから整え,) (29. 夜を暗くなされ,また,光明を現わされる。) (30. その後,大地を延べ広げられた。) (31. そこから水と牧場を現われさせ,) (32. また山々をそれにしっかりと据えられ,) (33. あなたがたとあなたがたの家畜のための,用益に供される。)

 

 天地の創造は創造を繰り返すことよりも難しい

 最初の状態(が終わった)後、新たに創造されるために復活することを拒絶する主張に対する論駁として、アッラーは仰せられている、

[ءَأَنتُمْ]

 (あなたがたの)  「人々よ、」

[أَشَدُّ خَلْقاً أَمِ السَّمَآءُ]

 (創造のほうが難しいのか。それとも天の創造のほうが・・・)  「天を創造するほうが、あなたがたを創造するよりも難しい。」 という意味である。 アッラーが次のように仰せられているように、

 

[لَخَلْقُ السَّمَـوَتِ وَالاٌّرْضِ أَكْـبَرُ مِنْ خَلْقِ النَّاسِ]

 (天と地の創造は,人間の創造などよりも偉大である。) (40:57)

 そして、かれは言われた、

[أَوَلَـيْسَ الَذِى خَلَقَ السَّمَـوتِ وَالاٌّرْضَ بِقَـدِرٍ عَلَى أَن يَخْلُقَ مِثْلَهُم بَلَى وَهُوَ الْخَلَّـقُ الْعَلِيمُ ]

 (天と地を創造なされたかれが,これに類するものを創り得ないであろうか。いや,かれは最高の創造者であり,全知であられる。) (36:81)

 アッラーはそれから仰せられた、

[بَنَـهَا]

 (かれはうち建てられた)  かれはこのことを次の御言葉で説明される。

[رَفَعَ سَمْكَهَا فَسَوَّاهَا ]

 ( れはそれを高く掲げ,それから整え、)   かれはそれを、等しい面を持つ広大な空間の、そびえ立つ構築物にされた。そして夜は、暗闇の中を星で飾られた、ということである。

 それからアッラーは仰せられる、

[وَأَغْطَشَ لَيْلَهَا وَأَخْرَجَ ضُحَـهَا ]

 ( 夜を暗くなされ,また,光明を現わされる。)   かれはその夜を暗く、真っ黒にされ、昼を明るくはっきりと輝かせられた。イブン アッバースは、「かれは夜をアグタシャ にされた、というのは、暗くされたという意味である。」 と言った。ムジャーヒド、イクリマ、サイード ビン ジュバイル、多くのグループがこれと同様のことを述べている。

 次のアッラーの御言葉に関して、

[وَأَخْرَجَ ضُحَـهَا]

 ( また,光明を現わされる。)   は、かれは昼を明るく照らされた、ということである。

 それからアッラーは仰せられる、

[وَالاٌّرْضَ بَعْدَ ذَلِكَ دَحَـهَا ]

 ( その後,大地を延べ広げられた。)   かれはこの御言葉を続く御言葉で説明されている、

 

[أَخْرَجَ مِنْهَا مَآءَهَا وَمَرْعَـهَا ]

 ( そこから水と牧場を現われさせ,)  すでにハー・ミーム・サジダ章で言及されたことであるが、大地は天が創造される前に創造されたが、広げられたのは天の創造の後である。つまり、かれは、御力の行使を持って大地にあるものを引き出されたのである。これは、イブン アッバースやその他の人々により述べられた意味で、イブン ジャリールに支持された説明である。

 次のアッラーの御言葉について

[وَالْجِبَالَ أَرْسَـهَا ]

 ( また山々をそれにしっかりと据えられ,)   は、かれはそれらを置き固められ、それぞれの場所に据えられた、ということである。

 かれはもっとも英知のあるお方、全知のお方であられる。かれは被造物にもっとも親切で、もっとも慈悲深いお方であられる。

 

 それからアッラーは仰せられる、

[مَتَـعاً لَّكُمْ وَلاًّنْعَـمِكُمْ ]

 ( あなたがたとあなたがたの家畜のための,用益に供される。) かれは大地を広げ、泉を噴き出させ、隠されていた利を引き出し、川を流れさせ、植物や木々や果物を生長させられた。またかれは、それ(大地)が住人を穏やかに住まわせることができるよう、山をしっかりとさせられ、居住地を定められた。これらすべてはかれが創造したもの(人間)のために授けられた有益な手段で、人間が食べ物にしたり乗り物にしたりするのに必要とする家畜を供給している。かれは人間に、終わりの時が来る前のこの現世の住まいで必要とする間、このように有益なものを与えられる。

 

 

[فَإِذَا جَآءَتِ الطَّآمَّةُ الْكُبْرَى - يَوْمَ يَتَذَكَّرُ الإِنسَـنُ مَا سَعَى - وَبُرِّزَتِ الْجَحِيمُ لِمَن يَرَى - فَأَمَّا مَن طَغَى - وَءاثَرَ الْحَيَوةَ الدُّنْيَا - فَإِنَّ الْجَحِيمَ هِىَ الْمَأْوَى - وَأَمَّا مَنْ خَافَ مَقَامَ رَبِّهِ وَنَهَى النَّفْسَ عَنِ الْهَوَى - فَإِنَّ الْجَنَّةَ هِىَ الْمَأْوَى - يَسْأَلُونَكَ عَنِ السَّاعَةِ أَيَّانَ مُرْسَـهَا - فِيمَ أَنتَ مِن ذِكْرَاهَا - إِلَى رَبِّكَ مُنتَهَـهَآ - إِنَّمَآ أَنتَ مُنذِرُ مَن يَخْشَـهَا - كَأَنَّهُمْ يَوْمَ يَرَوْنَهَا لَمْ يَلْبَثُواْ إِلاَّ عَشِيَّةً أَوْ ضُحَـهَا ]

 (34. それで大きい災厄が来ると,) (35. その日,人々は(現世で)その努力したことを思い出し,) (36. また獄火は,誰でも見る(程の)者に(ありありと)現わされる。) (37. その時,酷く目にあまった者,) (38. またこの世の生活を重んじていた者は,) (39. 本当に火獄がその住まいであろう。) (40. だが主の御前に立つことを恐れた者,また低劣な欲望に対し(自分の)魂を抑制した者は,) (41. 本当に楽園がその住まいであろう。) (42. かれらはその時に就いて,あなたに問う。「それが到来するのは,何時(の日)ですか。」) (43. あなたは,何によってそれを告げられようか。) (44. その終末(の知識)は,あなたの主にあるだけ。) (45. あなたは,それを恐れる者への,一人の警告者に過ぎない。) (46. かれらがそれを見る日,(墓の中に)滞留していたのは,一夕か一朝に過ぎなかったように思うであろう。)

 

 審判の日、その日の喜びと地獄、その時は分からないこと

 アッラーは仰せられる、

[فَإِذَا جَآءَتِ الطَّآمَّةُ الْكُبْرَى ]

 ( それで大きい災厄が来ると,)   イブン アッバースによると、これは審判の日について述べられている。どんな事物をも圧倒するので、そのように呼ばれている。恐怖でぞっとするようなこととなる。アッラーが次のごとく仰せられているように、

[وَالسَّاعَةُ أَدْهَى وَأَمَرُّ]

 (しかもその時には,最も嘆かわしい最も苦しい目にあうであろう。) (54:46)

 それからアッラーは仰せられる、

[يَوْمَ يَتَذَكَّرُ الإِنسَـنُ مَا سَعَى ]

 ( その日,人々は(現世で)その努力したことを思い出し,)  その時アーダムの子らは、善いことも悪いことも自分の行いをすべて思い出す、ということである。 これはアッラーが次のように仰せられていることと同様のことである、

[يَوْمَئِذٍ يَتَذَكَّرُ الإِنسَـنُ وَأَنَّى لَهُ الذِّكْرَى]

 (その日人間は反省するであろう。だが反省したとて,どうしてかれのためになろうか。) (89:23)

 それからアッラーは仰せられる、

[وَبُرِّزَتِ الْجَحِيمُ لِمَن يَرَى ]

 ( また獄火は,誰でも見る(程の)者に(ありありと)現わされる。)  それは見る者に明らかになるので、人々はそれを自分の目で見るだろう、ということ。

[فَأَمَّا مَن طَغَى ]

 ( その時,酷く目にあまった者,)   背き、傲慢に振舞った物、という意味である。

 

 

[وَءاثَرَ الْحَيَوةَ الدُّنْيَا ]

 ( またこの世の生活を重んじていた者は,)   は、宗教や来世の事よりもそちらの方を優先している、ということ。

[فَإِنَّ الْجَحِيمَ هِىَ الْمَأْوَى ]

 ( 本当に火獄がその住まいであろう。) は、その人が最終的に辿り着くところは地獄で、食べ物はザックームの木、飲み物はハミームでできているであろう、ということ。 

[وَأَمَّا مَنْ خَافَ مَقَامَ رَبِّهِ وَنَهَى النَّفْسَ عَنِ الْهَوَى ]

 ( だが主の御前に立つことを恐れた者,また低劣な欲望に対し(自分の)魂を抑制した者は,)  アッラーの御前に立つことを恐れ、アッラーが自分に下される裁決を恐れ、欲望に従わないように魂を抑え、主に従うようにした、ということ。

 

[فَإِنَّ الْجَنَّةَ هِىَ الْمَأْوَى ]

 ( 本当に楽園がその住まいであろう。)  最終的な住まい、到着地、帰り着く場所は広大な楽園だろうということ。

 それからアッラーは仰せられる、

[يَسْأَلُونَكَ عَنِ السَّاعَةِ أَيَّانَ مُرْسَـهَا - فِيمَ أَنتَ مِن ذِكْرَاهَا - إِلَى رَبِّكَ مُنتَهَـهَآ ]

 ( かれらはその時に就いて,あなたに問う。「それが到来するのは,何時(の日)ですか。」 - あなたは,何によってそれを告げられようか。 -  その終末は,あなたの主に。)  は、それについての知識はあなたにもいかなる被造物にもない、ということ。その知識はアッラーにある。かれがそれが起こる正確な時を知っておられる方である。

 

[ثَقُلَتْ فِى السَّمَـوَتِ وَالاٌّرْضِ لاَ تَأْتِيكُمْ إِلاَّ بَغْتَةً يَسْـَلُونَكَ كَأَنَّكَ حَفِىٌّ عَنْهَا قُلْ إِنَّمَا عِلْمُهَا عِندَ اللَّهِ]

 (それ(時)は,天でも地でも重い(重大事となる)。全く突然あなたがたにやって来る。」  かれらはあなたが,それに就いて熟知しているかのように尋ねるであろう。言ってやるがいい。「それを知る方は,唯アッラーだけである。」) (7:187)

 アッラーはここで仰せられている、

[إِلَى رَبِّكَ مُنتَهَـهَآ ]

 (その終末は,あなたの主に。)  そのため、ジブリールがアッラーの使徒 {saw} に終末の時についてたずねた時、彼 {saw} は言った、

«مَا الْمَسْؤُولُ عَنْهَا بِأَعْلَمَ مِنَ السَّائِل»

 (それについて尋ねられる者は、それについて尋ねる者以上のことを知らない。)

 アッラーは仰せられた、

[إِنَّمَآ أَنتَ مُنذِرُ مَن يَخْشَـهَا ]

 ( あなたは,それを恐れる者への,一人の警告者に過ぎない。) は、「われはあなたを、人間に警告し、アッラーの責苦と懲罰について注意を喚起するために遣わした。だから誰でもアッラーを畏れる者、かれの御前に立つことを恐れる者、かれの脅威を怖れる者は、あなたに従い、成功し勝利を収めるだろう。しかし、あなたを拒否し、あなたに反抗する者はみな損害と敗北をこうむることになる。」 ということである。

 

 それからアッラーは仰せられる、

[كَأَنَّهُمْ يَوْمَ يَرَوْنَهَا لَمْ يَلْبَثُواْ إِلاَّ عَشِيَّةً أَوْ ضُحَـهَا ]

 ( かれらがそれを見る日,(墓の中に)滞留していたのは,一夕か一朝に過ぎなかったように思うであろう。 as if they had not tarried (in this world) except an (`Ashiyyah) afternoon or its (Duha) morning.)  は、召集される場所へ行くために墓から立ち上がるとき、彼らには生前の時が短く感じられ、たった一日のうちの午後の時間に思える。 ジュワイビル はイブン アッバースがアッダッハークへ伝えたことを報告している、

[كَأَنَّهُمْ يَوْمَ يَرَوْنَهَا لَمْ يَلْبَثُواْ إِلاَّ عَشِيَّةً أَوْ ضُحَـهَا ]

 ( かれらがそれを見る日,(墓の中に)滞留していたのは,一夕か一朝に過ぎなかったように思うであろう。 )  「アシーヤ については、正午から日没までの時刻である。

[أَوْ ضُحَـهَا]

 ( か一朝 (ドゥハー) )  は、日の出から正午の間である。」 カターダは、「これは、人々が来世を見てから現世を見たときの、現世の期間のことである。」 と言った。

 これにてアン・ナーズィアート章のタフスィールを終える。アッラーに、凡ての称賛と感謝あれ。