http://islam.about.com/od/prophets/Prophets.htmを元に作成
イスラームの本・作成
Abdullah ibn Abdulmuttalib (預言者の父) (545-570?) ムハンマド誕生前に亡くなった。
Abdulmuttalib / Shaiba ibn Hashim (預言者の祖父) 母を亡くした後のムハンマドを養育した。ハーシム家の家長、クライシュ族の有力者。
Imran ibn Abdulmuttalib (預言者の叔父)(-619) 祖父を亡くした後のムハンマドを養育した。 ファーティマ・ビント・アサドとの間に子 アリー・イブン・アブー・ターリブ。 布教開始時期、迫害を受けていたムハンマドをかばっていたが、最後までムスリムにならなかった。 ムハンマドが愛妻ハディージャを亡くしたのと同じ頃に90才で亡くなり、ムハンマドにとって深い悲しみの年であった。
Hamza ibn Abdulmuttalib (預言者の叔父) ムハンマドの父の弟だが、年はムハンマドに近い。 強く勇敢であったことから、「アッラーの獅子」と呼ばれる。 映画『ザ・メッセージ』で中心的役割を担っているのが、このハムザ。
Khadija bint Khuwaylid (預言者の妻) (555 – 619?) ムハンマドが啓示を授かった直後にイスラームを受け入れ、はじめてのムスリムとなった。
Ali ibn Abi Talib (預言者の従兄弟) ムハンマドが啓示を授かった直後にイスラームを受け入れ、はじめての男性ムスリムとなった。10代前半? ムハンマドの四女ファーティマと結婚。 第四代カリフを務めた。
Abduluzza ibn Abdulmuttalib (預言者のおじ) ニックネームの「ラハブ」は、アラビア語で「炎」を意味する。 妻の名前は Arwa (Abu Sufyan の姉妹である Harb Ibn Ummya の娘)。 Umm Jamil と呼ばれた。 夫婦共にムハンマドに対して激しい敵意を抱いていた。クルアーン第111 (アル・マサド)章はこの二人について下された。 慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において。アブー・ラハブの両手は滅び,かれも滅びてしまえ。 かれの富も儲けた金も,かれのために役立ちはしない。 やがてかれは,燃え盛る炎の業火の中で焼かれよう。 かれの妻はその薪を運ぶ,首に棕櫚の荒縄かけて。
Zaynab bint Muhammad (預言者の長女) (-ヒジュラ 8年) 母方の従兄弟アブー・アルアースと結婚。 結婚後五年すぎ頃に亡くなった。
Ruqaiya bint Muhammad (-624) (預言者の次女)
Umm Kulthum bint Muhammad (預言者の三女)
Fatima bint Muhammad (預言者の四女) 結婚十年目、三十歳前後で他界。
いずれも生まれて間もなく~幼い頃に亡くなった。 タイイブやターヒルという名前も伝わっているが、それはアブドッラーのあだ名であるという意見もあり、確かなことは分からない。
Abu Al Aas ibn al-Rabiah (-ヒジュラ 12年ズルヒッジャ) ムハンマドの娘ザイナブと結婚。バドルの戦いではマッカ側につきムハンマドに敵対して戦い、捕虜となった。そのときザイナブが亡き母の形見をムハンマドに送り、夫の釈放を懇願したので、解放された。 それから数年間妻と離れてマッカで暮らした後、ムスリムになった。
Zubayr ibn al-awwam ハーリド・イブン・ワリードと並ぶほど強かった。ムハンマド(saw) に天国入りを預言された10人のうちの1人。
Abdullah ibn Zubayr ibn al-awwam 父親はズバイル イブン アウワーム イブン フワイリド。母親はアスマ ビント アブーバクル。 ヒジュラ後にマディーナで生まれた初めてのムスリム。